昔ほど

相手の誠意や優しさが、分かりやすく目にみえたり、分かりやすく肌で感じられないことに対して、苦しいとか、切ないとか、やるせないとか、思うことが少なくなったと思っていた。それは、分かりやすくなくても、伝わってくる誠意や優しさが日常の中に増えていて、分かりやすさを求めなくても、だいぶ精神的に大丈夫になってきたからなのだと思う。


それでも、時には、その分かりやすさは自分にとって大事なんだということを久しぶりにぼろぼろ泣いて、最認識した。それは、いつも以上に自分が敏感になっていたり、うまく受け止められなかったり、することやものに対して、まだ、大事なんだと。それは信頼うんぬんということでなく、大事なんだと。そんなことに気が付かされた。